偏愛ヴォーカリスト視聴室

あくまでヴォーカリスト重視の姿勢で聴く、極私的音楽レビュー&音楽関連のネタ帳。

ヴォーカル同曲バトル

同曲バトル:「Try a little tenderness」


 課題曲として取り組んでいると、聴き過ぎて脳内にガタガタ騒ぐオッサンが離れない。「ジャズ詩大全」を紐解くと、あの村尾教授でさえ

「オーティス・レディングはジャズではないが、彼の歌うこのナンバーは、ジャンルなどという小さな枠を超えて、ジャズ・ファンも必聴の一曲である」

と推してるので、まずはコレ。


Otis Redding - Try A Little Tenderness
http://www.youtube.com/watch?v=dael4sb42nI
※猛暑の中で聴くと暑苦しくってしょうがないです。


レッスンの時に、先生と話し合う。

「私、この歌は『女ってのはさぁ、優しくしてやんなきゃダメなんだぜぇ』みたいに、兄貴分が弟分の恋愛を励ましてるようなイメージがあるんですけど」

先生は「うーんそうかなー、オレは『女って優しくしてほしいのよ』って、年上の女性が男に教えてあ・げ・る、みたいな感じもするなぁ。いくつか聴いてみよう」


iPadでYoutube検索。
※ピアノのアプリもあるので、レッスンに活躍中。


「この人なんかアニキっぽくない?」

Tennessee Ernie Ford - Try A Little Tenderness 
http://www.youtube.com/watch?v=2K3htqqytgg

「なんか時代がかってて大仰でイヤです…」


「あ、これはいいよ、女性が歌うならこんな感じだ」

Try a Little Tenderness / Ann Burton
http://www.youtube.com/watch?v=pfnUWMgxI6c

「おおーセクシー」

先生の言うところの「年上の女」感が出ている。村尾教授も本の中でアン・バートンのこの歌は勧めていた。


でも、私のアニキが見つからない。
家に帰ってからバリバリ検索。



オバサンやと思って舐めてたら、アニキになってしまった。

Sharon Quintal: Try A Little Tenderness
http://www.youtube.com/watch?v=-z0UlAFi8RM

この人何歳で誰なのか、日本語名もわからず検索できません。
気になるー
オバサンかっこえー


これは小娘が小首かしげて「女の子って優しくしてほしいのよ」と甘えてる感じ。

Connie Francis - Try A Little Tenderness
http://www.youtube.com/watch?v=UYUbvbCDYj0

もうすぐ37歳、中年女にはムリなバージョンだ。

芯のある女性のアドバイス風はこちら。 

Aretha Franklin- Try A Little Tenderness
http://www.youtube.com/watch?v=4ff5ACn3LV0

年齢はともかく、ボーカルのレベルが雲の上でムリな人。


アニキー、私のアニキーとさまよって、ああこの人かもと発見。

SAM COOKE - Try a little tenderness
http://www.youtube.com/watch?v=G94kCfpduAk

歌がどっかいっちゃうんだけど、「こんな声に慰められたい候補ベスト3」の3位にランクイン。 ふらふらとアマゾンに入り込んで買ってしまった。

ハーレム・スクエアー・クラブ 1963
ハーレム・スクエアー・クラブ 1963
クチコミを見る
※慌てて買って日本語版出てたのに軽くショック。輸入版の方が安かったけど。


で、2番に滑り込んだのがこのアニキというか「オジ様」。

Tom jones - try a little tenderness



弟分に言うというより、女性に向かって「優しくしてほしいんだよね」と直接語りかけているような気がする。

大きな声、大きな手、きっと頭を撫でてくれたら、ぽっぽとあったかい手。

実は最近、ちょっとツライことがあった。
※その辺は別ブログで。

覚悟はあったけれど、なんで人生うまく行かないんだろう、と。

ずり落ちかけてた「肩の荷」をふんっと背負いなおし、
はいはいさっさと次のステージ行くよ〜と先頭を行く役割。

そんな強気な私も、トムおじ様にはお見通し。

It's not just sentimental,she has her grief and care
(ただ感傷的になればいいわけじゃない、彼女には彼女の悲しみや心配がある)

  And a word that's soft and gentle makes it easier to bear
(だから優しい思いやりの言葉をかけてあげれば、彼女はずっと楽になると思うんだ)

そうなの!
ちょっと一言、言われたいだけなの!

この辺のパワフルボイスったら、「トムおじ様ぁ〜(涙)」と胸板にすがりつきたくなる。実際、胸がしくしくして涙がにじんで来たり。


しかし、この後ぐらいからトムおじ様の「パワフル」が度を超えて行く。


「ちょっと!優しく!してやりゃいいのさぁぁぁ!!!」


ガッタ!ガッタ!ガッタ!ガッタ!


ああ、またも「シャウトしたいだけのオッサン」に成り下がっている
ノリノリで騒ぐトムおじ様を聞いてるうちに、笑いが止まらなくなる。

聴き終わったら気分が晴れ晴れ。
そうか、これがいつもトムおじ様の優しさだった。


後日、ジャズの先生との会話。

「トム・ジョーンズのバージョンがバカっぽくて最高です」

「オレ、生で観てトム・ジョーンズはバカだと確信したね。あの年であんだけ日焼けしてるってバカの証拠だ

「つまり、松崎しげるもバカだと…」

「トム・ジョーンズは『世界規模の松崎しげる』だよ!知名度も声も」


その日はレッスンでメロディを見失い、変なフェイクが入りまくって指導されまくり。

「どうしたの」

「頭の中で5・6人が違う歌い方を…」

聴き過ぎて元ネタわからなくなりました。
「ちょっと優しくしてあげて」はアニキかアネキか女性の自己申告か。


「慰めてもらいたい声ナンバー1」の先生に聞いてみたいものです。
ええ、8/3が今のところ生きる気力ですとも。



ヴォーカル同曲バトル「Don't Explain」


「Lady in Autumn: The Best of the Verve Years」Billie Holiday




「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」





「Aurora」David Clayton-Thomas



 
 今年は個人的に「ジャズ視聴デビュー」の年なのだが、それは元基先生によるものではない。ハマるんだったら2005年年末の「JAZZ&ROCK」で元ネタ探しからハマっても良さそうだったのに、不思議とそっちに行かなかった。何でだろう。

 ともかく、今年は愛するフナコシ=デヴィット・クレイトン・トーマスと「ジャズ詩大全」の合わせ技でジャズの世界に迷い込んでしまった。それも、彼の代表作である「Blood,Sweat & Tears」の方ではなく、偶然買った2005年発売のアルバムによって導かれたところが大きい。

 この中にはさらっと聴けるジャズもあるのだけど、すんごい悲しくなる曲が多い。

 その中で「Don't Explain」という曲が悩ましい。どんな歌詞だろう?と気になるが、輸入盤で歌詞カードも入ってない。ただ、作詞が「ビリー・ホリディ」となっている。その頃はジャズ・スタンダードというものの概念がわかってなかったので、あぁカバーなんだなぐらいにしか思わなかった。

 その後「ジャズ詩大全」の1巻を買ったら訳詞と解説が載っていて、この曲を聴いた時の印象の全てに納得がいった。この「勝手に抱いていた曲の世界」と「歌の世界」がパチパチッとつながった時の快感!

 これは、ビリー・ホリディが浮気して帰ってきたダンナの言い訳に「Don't explain!(言い訳はやめて)」とその口を封じ、ただあなたが帰ってきただけでいいの、そばにいてくれるなら……と告げる曲。実際に、当時の夫との間であったことを歌にしてしまうという生々しい話だが、女性が歌うのと男性が歌うのでは歌詞が少し違う。


 ◆女性
 
 Skip that lipstick……Don't explain
 (口紅のことはいいの、言い訳はもうたくさん)

 ◆男性

 Don't cry,don't lie……Don't explain
(泣くんじゃない、嘘もやめてくれ、言い訳はもうたくさん)

 ※「ジャズ詩大全」より


 2コーラス目も男女で違うフレーズはあるが、ここの歌詞うまいなぁと思う。
 男はドンくさくて口紅なんかつけて帰ってきちゃうし、
 女は自分の立場が悪くなると泣いてごまかそうとするし(一般論)。




 女性版で最初に手に入れたのはヘレン・メリル。
 聴いた瞬間、「うわぁ、こんなヨメ絶対にイヤ」と頭を抱えてしまった。

 家に帰ったらベッドの中でしくしく泣いてるようなタイプ。
 「どうした?」と聴いたら「何もないの」って弱々しく首を振る。
 
 いいのよ、気にしてないわ、あなたがそばにいてくれるだけで幸せ
 そう言いながら、目が絶対に笑ってない

 こ、怖い……
 
 26歳(録音時)でこの怖さ、彼女のベターッとした歌い方だけの問題じゃなく、不健全な恋愛中だったんじゃないかと案じてしまうほどの湿り気だ。



  
 次に、作った本人ビリー・ホリディで聴いてみる。
 別の意味で頭を抱えてしまう。

 悲しい歌なのに、悲しくならない。
 「あー面倒だから言い訳は結構。どーせまた浮気してきたんでしょ」 
 姉御っぽいというか、投げやりな感じまで受ける。

 聴いたものがライブ盤のせいだろうか。
 声がガラッパチでオッさんくさいからだろうか。
 ※暴言失礼


 総じて語りっぽく「Skip that!……lipstick」という間の取り方。
 帰ってきた浮気男に酔い覚ましの水を差し出しながら、チクっと意地悪を言ってる姿が浮かぶ。

 うーん。
 いずれわかる日まで、もう少し寝かせておこう>>ビリー・ホリディ




 結局、この曲は私にとってデヴィット・クレイトン・トーマスの歌だと認識。
 それは私が女だからなのかもしれない。

 夜遊びが過ぎて家に帰って、忍び足で寝室に行こうとしたところを背中で呼び止められる。

You know that I love you and what love endures
 (君は知ってるはずだ、僕が君を愛していることを)
All my thoughts are of you I'm so completely yours
 (愛しているから、どんなことでも耐えるということも)

 ここの歌い方!
 
 初めて聴いた時、もっと激しい言葉を抑えながら歌ってるような気がした。
 独占欲とか嫉妬心とか、そういうものを我慢してたのかと腑に落ちる。

 1コーラス目が終わった時、「Wooooo〜ooo―yeah……」と絞り出すところ、
 言葉にできなかったうめきに聴こえる。
 
 聴いてるうちに、思わず正座をして
 「ごめんなさい、もう夜遊びしません(涙)」と謝りたくなる。
 
 「男としての器の大きさ」と「嫉妬してしまう小さな自分」の間を揺れ動くビミョーな男心。64歳ぐらいの時の歌声だが、十分に色っぽい。最後には落ち込むヨメだか恋人の涙を拭いてやって「もういいからね」と抱きしめてくれるような包容力もある。


 いい男だわぁ、フナコシ。
 ……というのが、私がジャズに迷い込んだきっかけです。
  


 《余談》

 
 機会があったので、恐る恐る元基先生に「デヴィット・クレイトン・トーマスってどう思います」と聞いたことがあります。「BS&Tカッコいいよぉ〜2枚目すっげーいいんだよ!」と首を締めんばかりの勢いで返されました(酔っぱらい時なので覚えてないかも)。

 
「血と汗と涙」ブラッド、スウェット&ティアーズ

※2枚目。多分、私が今年一番聴いたCDだと思う。


 ついでに「ちょっと似てますよね」とこれまた恐る恐る聴いてみたところ、「オブリ(アドリブで入れるシャウトのようなもの?)の入れ方とかね」と満更でも無さそうだったので一安心。

 「あんなの大したことねーよ、聴くんじゃねー!」とか言われたらどうしようかと思った(汗)。

 

番外編:変態の森から出られない。

 スケートが終わったタイミングで「ジャズ詩大全1〜3巻」が到着。



ジャズ詩大全



 最初は1冊3,000円もするから図書館で借りて読んでやろうと思っていたのですが、あまりの内容の濃さに諦めました。









 気に入った詞を見つけてはネットで音源を探して聴き、
 聴いてはまた本を引っ張り出して歌詞を確認し、
 紹介されてるCDが気になって買ってしまい、
 他のスタンダード曲の歌詞が気になって本を読み、
 すると別のヴォーカルがオススメで紹介されており…とループ中。



「スイング・イージー」フランク・シナトラ





「Sinatra's Swingin' Session!!! And More」フランク・シナトラ


両方とも本に載ってたので購入。届くのを大人しく待ってます。


 とにかく「本⇔音源」ぐるぐるが止まらず「月に1〜3冊ずつ買う!」と全冊購入を決意。
 
 この本は古本でも値段が落ちていないこともありますが、これは新品で揃えたいのでコツコツ集めます。


 訳詞と英語詞を比べながら読んで、単純に読むだけでも十分楽しい。ここからが音楽ならではの楽しみ方ですが、実際にそれが演奏されちゃうワケで、こっちは文章だけで脳内で妄想を繰り広げていたので「あーこういう感じの曲なんだ」というトキメキがあります。しかも、ジャズのスタンダードなだけに様々なヴォーカルや演奏者が、ぜんぜん違うアレンジでやってる。これを追いかけていくと、まさに「変態の森」で遭難寸前

 すでに「Fly me to the moon」を追いかけて、迷走。
 Youtubeにたくさん転がってます。

Tom Jones
http://www.youtube.com/watch?v=b1wDFwU4D-w
濃い!去年の映像って、いったい何歳ですかオジ様!とにかく濃い!!

Diana Krall
http://www.youtube.com/watch?v=qVCgf6_M7i4
なんか女性なのにエライ男前なヴォーカルです。

Maruja Muci
http://www.youtube.com/watch?v=E6YeLZ_JoSo
どこの国の人かも不明。私が思ってた「素直になれない女の本音」というこの曲の解釈から行くと、このバージョンが合っているのかも。

宇多田ヒカル
http://www.youtube.com/watch?v=CXktsdhMzvI
Verseと言われる前振りの部分から歌ってます。ただしジャズアレンジじゃないので、ジャズファンのオジ様たちは怒らないように。

Paul Gilbert
http://www.youtube.com/watch?v=i6XKxPvsLj4
ギターソロの方が、よっぽど気持ちよさそうに歌ってます。
 
Frank Sinatra
http://www.youtube.com/watch?v=1rAsoLm1Ges
今のところ、シナトラのバージョンが一番好きかも。ライブCDでバカほど聴きました。


 村尾教授のオススメはトニー・ベネットのバージョンだそうで、探しているところです。他にも山盛り歌っている人がいるので、道のりの長さに呆然。ヤバイヤバイと言いながら、深みに足を突っ込んでます。

 

ヴォーカル同曲バトル:「誰も寝てはならぬ」(トゥーランドットより)

「リング・オヴ・ファイアー」リング・オヴ・ファイアー

「Nessun Dorma」


「プロローグ天空伝説」ウリ・ジョン・ロート

「Bridge to Heaven」


 マーク・ボールズの「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」は、オーケストラを背負ってるせいもあり、「へヴィ・メタルのヴォーカリスト」の歌唱とは思えない揺るぎない完成度。イタリア語で原曲通りに歌っている。気持ち良さそうだ。

 声に1点も濁りがなく、よく通る。
 うっとりする、というより感心する。
 生きる業界を間違ってないか、マーク・ボールズ!
 


 さて、トミー・ハートが歌う「誰も寝てはならぬ」は、ウリ・ジョン・ロートが英語で歌詞を書き「Bridge to Heaven(天国への橋)」と名前を変えている。


 Sailing home…On Silver wings…

 
 少し喉に引っかかりのある声での歌い出し。
 旅立ちの決意と不安の交錯が、揺らぐ声から立ち昇る。

 無論、クラシックの歌唱から言えば邪道なのはわかる。
 
 それでも。

 サビに向かうにつれ、ぐいぐい空間を広げるしなやかな美声。

 2分4秒からの「Keys of Light…Ke--ys of L--ight…Keeeeys ooooo-f L--------ight!」の「光への鍵」3連弾の最後に喉を絞めてシャウトを混ぜたロングトーン!クラシカルな上品さを失わない、ギリギリの混ぜ加減が絶妙。とろけかけた脳みそに、スカイギターでサビのフレーズがタリラリと滑り込む!!
 
 まさに「天国への橋」を渡りかける。

 「ウリの城が売りに出た(※)」と魂を持って行かれないようにおまじないをブツブツ。

 この一回目の絶頂期が素晴らしすぎて、残りのコーラスを背負ったあたりは思考回路も停止気味。

 完コピ派の方も、ぜひ「ロックシンガーとオペラの融合」の1つの形として鑑賞してもらいたい。  




 ※「ウリの城が売りに出た」

   昨年、ウリ・ジョン・ロートが破産宣告を受けたというニュースを聴いてから、私の脳内を離れないフレーズ。(古城を持ってたはずなので) あのぴちょんくんみたいなスカイギターと「仙人」と呼ばれる風貌も加わって、ウリには爆笑スイッチをしばしば押される。

 
 《余談》

 一番の盛り上げどころ「Keys of light」3連発が、「Kiss on Bride」(前置詞はちがうと思う)と聞こえていた。トミー殿下が「花嫁を抱いておでこにキスをする」という映像と共に飛翔感を味わっていたのだが、歌詞カードを見てがっかり。ヒアリング能力が無いと、雑念が入っていけない。

同曲バトル:「Time After Time」

「Time After Time」

「シーズ・ソー・アンユージュアル」シンディ・ローパー


「ベスト・コレクション」タック&パティ



 シンディ・ローパーの大ヒット曲だそうな、ということもカルチャースクールの課題曲になって初めて知った。歌いだしの歌詞がとにかく秀逸。

 Lying in my bed I hear the clock tick,think of you
 (ベッドで時計の音を聴きながら、あなたのことを想う)
 Caught up in circles confusion is nothing new
 (考え出すと混乱してくる、いつものことだわ)

 シンディ・ローパーが歌う「負け犬の遠吠え」ソング。彼女が一人寝のベッドで思い出すのは、優しかった男の胸。「これでよかったのよね」と自分の成功や人生を肯定しつつも「恋人と過ごすはずだったもう一つの人生」に想いを馳せる。後悔、未練、彼の「もっとゆっくり行けよ」という言葉がぐるぐる回る。でも答えは出ない。過去には戻れない。

 出だしの少し甘ったれたかすれ声と、昔の男に「何かあったら支えてあげるわ!」と言い切るサビの対比。シンディ姐さんは「ツンデレ」確定である。

 さて、T先生に勧められたタック&パティのカバーバージョンも聴く。たっぷりした太いパティの声が「オッサン!?」とビビらせてくれるものの、「If you fall,I’will catch you(あなたが倒れたら、私が受け止めるわ)」という約束に、肝っ玉かあさんのような信頼感がある。

 夫であるタックが、ドラムとベースまでいるかのような音空間をギター1本で作り上げ、その空間に抱かれて妻のパティがエモーショナルに歌い上げる。リフレインで上り詰めるような夫婦の音の絡み合いの濃さに、呼吸を忘れる。

 もはや夫婦愛、家族愛、人間愛にまで昇華したタック&パティの「Time After Time」。名カバーと言われるのに深く納得しつつも「原曲を超えた」とは言いたくない。

 シンディ姐さんに言わせれば「お前ら、イチャイチャ歌ってんじゃねーよ」と、舌打ちの一つもしたくなるはずだ。荒野をピンヒールで一人ゆく、バリキャリ女の残した「Time After Time…」のため息。仕事を取ってオトコを捨てた経験のあるオンナの傷口に、そっと塩を塗ってくれる。

 ヒリヒリしながらも、彼女はいつまでも泣いてなんかいない。ベッドを抜け出して派手な化粧をし、ステージで弾けて見せる。

 これが仕事ってもんよ、お嬢ちゃん達、というように。

同曲バトル:「ボヘミアン・ラプソディ」

「オペラ座の夜」Queen

Vo.フレディ・マーキュリー

「For Pure Lovers」「For Pure Lovers」

Vo.小野正利

「ママぁ〜」とあの声で歌い出されて、母性本能をくすぐられない女子がいるだろうか。フレディが実は出っ歯だとかゲイだとか胸毛ボーボーだとか、そういうディティールをふっとばすラブな第一声。小野正利も同じく、可憐な声で歌い出す。この曲のカバーに手を出すって相当勇気がいると思うのだけれど、ぼんやり聴いていたらQUEENと間違えるぐらいよく出来ている。

 ただし小野センセ―自身がほとほと辛い目にあったらしく、このカバーについて質問したところ「コーラスパートなんて、スタッフもみんな『もう辞めようか』と諦めそうになった(涙)」と回想していた。その事情を反映してか、コーラスパートはフレディ版より若干音が薄い。それにしても1人でアレ入れたって驚異的。

 さて、フレディと小野正利でやや差がついてしまうのが「So you think you can stone me and spit in my eye 」からのロックパートだ。フレディが甘ったれ坊やからギラついたロック・スターに変貌を遂げる「迫力」が、今一つ小野バージョンには足りない。「Oh baby, can't do this to me baby」の「ベイベー」が上品でカワイ過ぎるのだ。

そこで私は気づいた。
小野正利のロック全般に欠ける何か。

それは「セックス・ドラッグ・ロックンロール」の「セックス」「ドラッグ」だ。
そういやお酒も飲めなかったはず。

 つまりロックヴォーカルにおける「危険な香り」が不足しているのである。ドラッグは違法だとしても、セックス、いやフレディにならってハードゲイと胸毛を補充する方向で今後の“小野正利ロックスター化計画”を進めるっていうのはどうだろう。(いつも一緒のギタリスト・江口氏が「小野君のマツ毛は長いよね」「横顔キレイだよね」とヤオイ臭を発散させていたので、あながち無理な方向性でもあるまい)


ま、そんな方向に行ったら既存のファンが全部いなくなることは間違い無い。


なにせ「ピュアになれ」で「You're the only…」なワケで、ライブの後はご乱行なフレディには想像もつかないストイックな小野センセ−はこのまま清廉潔白なヴォ−カリストとして生きていくのだろう。


穢れなきハイトーンよ永遠なれ。


最後に格言を一つ。


「QUEENは歌うものではなく聴くものです」(by小野正利)

経験者ならではのお言葉である。

さらにもう一つ。

「もう廃盤なのでブックオフで買ってね」(by小野正利)
 
この難曲を完コピという偉業を達成したヴォ−カリストに、こんなことを言わせていいのか。

同曲バトル:「Strange Kind Of Woman」

「ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン」ディープ・パープル

Who do They think We are ? -A Tribute to Deep Purple From Japan

Vo.人見元基

「ファイアボール」

Vo.イアン・ギラン

 ドラムのカウントの後にドカドカっと土足で駆け込んでくるギターと「頼もう!」の代わりの「ヤ―ハーハイ!」という掛け声。元基先生バージョンの「ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン」は終始、道場破りのようなずうずうしさに満ちている。ディープ・パープルのナンバーを、余裕たっぷりにこなして高笑いで去って行くという感じだ。


 圧巻は途中の「Woooooo…Woooooo…」のファルセットを響かせた後にすぅっと地声に降りてきて「Wooo…I loved a womanYeah-ha-ha!」とシャウトを爆発させる喉の使い方。道理で色んな声が出るはずだよ、と納得させられる。

 ただ最後のサビで「ハハッ♪」という笑い声が入っているのが女子として許せない。「この曲って笑う曲か?」とあえて歌詞を読んで問いたい。

タイトル「奇妙なオンナ」

起:ナンシーという奇妙な女に惚れていた。彼女は娼婦だった。
承:お金払って順番待ちして彼女を抱いていた。けれど、ホントは俺だけのモノにしたいんだ。
転:ナンシーがある日、『あんたのモノになってもいいわ』というからすぐに結婚した。
  叫びたいぐらい嬉しかった。
結:彼女は突然死んだ。


 昼の奥さま向け連ドラもびっくりの唐突な展開。この後に、サビを歌いながら「ハハッ♪」(しかも楽しそう)は無いだろう。死んじゃったんだよ!新婚ホヤホヤの嫁が!

 この元基バージョンの起源はディープ・パープルのライブ盤にあるらしい。確かに「ライブ・イン・ジャパン」でイアン・ギランも笑ってやがる。自嘲の笑いに聞こえないことも無いが、どーもロックの歌詞が意味より「リズムとカッコよさ重視」なのには慣れない。

 それでも、スタジオ盤の「ストレンジ・カインド・オブ・ウーマン」はまだ内容に添っている。イアン・ギランのかすれ気味の不安定な声で「I want you,I need you,I gotta be near you」哀願されると「坊や、仕方ないわねぇ」という気にさせられる。「Wooooooo…Wooooo…」のあたりは、サカリがついたオス犬の遠吠えにも聞こえる。この素人童貞っぽいアプローチの方が、死んだナンシーも浮かばれるはずだ。

 たまに見かける「人見元基は巧いけどどの曲も同じに聞こえる」という説が当たってるとすれば、歌詞内容がどうのというレベルを超えて「声がたっぷり出過ぎる」ことにあるんじゃないかと想像する。ま、こんな超・定番ナンバー、カッコよく歌う以上の何も歌い手も聞き手も求めちゃいないんだろうけど。


余談:ついでに「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の邦訳を読んで爆笑。

But some stupid with a flare gun  Burnd the place to the ground
でも火炎放射器を持ったどこかのバカが/建物を焼失させた
Smoke on the water, fire in the sky
湖面に煙が漂って 空は燃えてた
Smoke on the water
湖面に煙が漂って

勝手に「タバコの煙」をイメージしていたので火炎放射器の出現にはビビッた。

同曲バトル:「Move Over(ジャニスの祈り)」


「グレイテスト・ヒッツ」Vo.ジャニス・ジョプリン


「ロックンロール・スタンダード・クラヴ」オムニバスVo.人見元基

 「アタシを愛してないなら、とっとと出ていってちょうだい」というブチ切れ女のシャウト。男が歌う時は歌詞の「You know that I need man(アタシは男が欲しいって知ってるでしょ)」の「man」を律儀に「woman」に変えて歌う。

 この曲はジャニス・ジョプリンが作ったのだから、彼女以上に感情を入れて歌える人はいない。女だからわかる。部屋中のモノを投げつけて「アタシを抱かないなら出て行け!」と叫びながら、心の底では相手が「バカだな、愛してるよ」と言って抱きしめてくれるのを渇望している。本当にドアを閉めて出て行かれた日にゃ、崩れ落ちてめそめそ泣くに違いないオンナの強がり。それもジャニスが叫ぶ、超一級の強がり

 彼女の声は安定していないところが魅力だ。
 喉いっぱいに男の名を叫んだら、あんな声になるのだろうか。



 人見元基が歌う「Move Over」は、女々しい嘆きはカケラも残ってない。出だしの「Hi!」というシャウトからして「オレを愛して無いなら出て行けよ、他に女はいるんだぜ」と鼻で笑う嫌味なオトコ。

 彼の声をヘッドフォンで聴いていると、映画「レオン」でマチルダが「あなたのことを考えていると、お腹の下のあたりが熱くなるの」と訴えていたシーンをなぜか思い出す。

 腹の下のほうにとんでもないマグマがあって、前半はふつふつと煮えている。サビで「nononono!」とシャウトが混じると「ボンッ」と小爆発を起こし始める。クドめのB’zの松本のギターに負けていない。クライマックスのシャウトでは予想通り、元基先生・大爆発の非常事態が展開される。

 それにしても憎たらしいほど余裕がある。「now」の「ナァウ」という発音、「come on」の「カモォゥン」の響きのエロさに聴きながら鼻を押さえているほどだ(鼻血防止のため)。

 生で聴いた時にも「どけどけどけ、オレを愛さない女に用は無いぜ!」と吠えまくって好きなだけシャウトして去っていった。捨てられる女の歌なのに、置いてきぼりにされたのはこっちだ。

 ……人見元基は罪なヴォーカリストだ、とつくづく思わされる一曲。
これからも彼が気まぐれに歌う機会を、待ち続けるしかない。

同曲バトル:「男が女を愛する時」


「ローズ」ベット・ミドラー


「For Pure Lovers」小野正利


 「男が女を愛する時(When A Man Loves A Woman)」は、多くのヴォーカリストがカバーしている。パーシー・スレッジの原曲も持っているが、私にとってこの曲は10年もの長い間「ベット・ミドラーの曲」だった。

 学生の頃、別にロックや洋楽に興味は無かった。しかし大好きな映画から何人かのヴォーカリストを好きになる。ベット・ミドラーは「フォー・ザ・ボーイズ」が好き。その流れで「ローズ」を見て、この曲のライブシーンに圧倒された。ジャニス・ジョプリンをモデルとした映画とわかって見ていたが、私の中ではベット・ミドラーの歌声で全てが完結してしまっていた

 酒とヤクで爛れた喉を一杯に、愛を渇望して死ぬロック・スターの絶唱。そんな場面で使われたこの曲の壮絶さは、そのままライブバージョンでベストにも収められている。普段のベット・ミドラーの豊かでたっぷりとした歌い方とは違う、おそらく彼女にとっても一世一代の名演だったのではないだろうか。聴くたびに、灼けるような痛みに包まれる。

 そうして10年、同じバージョンばかり聴き続けていた私の耳に小野正利の歌う「男が女を愛する時」が流れ込んできた。予想を3割上回る高音。女性が白い細身のドレスで歌っているかのような可憐さ。これは「女が男を愛する時」と聴こえないことも無いほどだ。

 そして驚いたのはサビのリフレインで「When a man loves a woman」の「loves」で彼はもう一段階(いや、2段階かも)音を上げる。その想定外のアレンジに胸を突かれ、上ずった声の切なさとはかなさにただ戸惑う。

 ベット・ミドラーは女性ヴォーカルなのに、抱かれたくなるような荒々しさを持つ。
 小野正利は、男性ヴォーカルなのに抱きしめたくなる

 遠くに去っていく恋人にまっすぐに想いを届ける声。それが聴き手の胸に刺さって、抜けない。
 

同曲バトル:「One For My Baby」

「One For My Baby」


「Lady in Autumn: The Best of the Verve Years」ビリー・ホリディ

 
「グレイテスト・ヒッツ」ベット・ミドラー

 たまには女性ヴォーカルの聴き比べを。

 この曲の舞台は閉店間際のバーだ。そこに、マスターに別れを告げるため旅支度の客が訪れる。この男の姿が、2人の歌い方によってくっきり違って浮かんでくる。

 元がフランク・シナトラのヒット曲なので、ジャズのリズムで歌うビリー・ホリディの作る雰囲気が本来の曲のイメージに近い。男は帽子も脱がないでカウンターにもたれ、微笑を浮かべながら別れを告げる。タメを活かしてぎゅっと台詞を詰めた、緩急が作る粋な歌い方とかすれ気味な声が“いい男”だ。

 この曲のサビである「One for my baby and one more for the road(別れの一杯はベイビーに、もう一杯は旅のはなむけに)」の“Baby”はきっと胸とケツの大きな女の子で、恋人というには少し軽い彼女、もしかしたらこの店のウェイトレスかもしれないなんて想像させる。(フランク・シナトラのバージョンはより「伊達男がこれから旅に出るぜ」みたいなノリがある)

 ベット・ミドラーはライブで歌ったものが収められている。ジャズではなくピアノ・バラードだ。この男は、ビリー・ホリディ版より明らかに年を取っている。両手でグラスを包み、じっとうなだれる。ベット・ミドラーの歌声は時に思いを断ち切るように強く、時にふっと弱気なため息を混ぜる。この男の「baby」は、本当に愛した女なんだろう。それを置いて出る旅の、寂しさが満ちてくる。

最後の「That long , long,…road…」で遠くへ投げられる声。いつも一筋の道がすっと目の前に伸びる。
その先は、見えない。

Archives